KKST-0006
〇【明けましておめでとうございます】
×【開けましておめでとうございます】
〇
「あけまして!」
サラサは威勢良く言って、暗闇の中、手に持っていたコードを引っ張った。
手前の裸電球がまぶしく点灯し、でたらめにくるくる絡み合った針金へ貼り付けた、赤、黄、緑、青のセロファンが、物置を色とりどり、一斉に照らした。父母とミドが驚き、喜ぶのが見えた。
×
「あけまして!」
おしろい顔に崩れた女着物姿で飛び込んできた達郎(たつろう)が、すっとんきょうな声を上げながら小舞台で何とも言いがたいくねくねした姿勢を取ると、その頭にかぶったちょんまげカツラがぱかん、と左右にめくれ開いて、中から元気よく日の丸が立ち上がった。親戚一同は黙殺した。
〇
「あけまして!」
デュカスが発破をかけると、両手の間に浮かんでいた『MMXII』の半透明立体文字が砕け散った。そのあと青い光が渦を巻き結集し、衝撃波とともに『MMXIII』の文字が現れて、彼が両手を振り上げると、放られたように、光をまとって空へ飛んでいった。歓声が上がる。
×
「あけまして!」
北美(きたみ)が勢いよく玄関のドアを跳ね開けると、弾みでばんばんばんばん、二つ目の玄関ドア、三つ目の玄関ドア、四つ目、五つ目、六つ目、……隙間無く取り付けられた途方もない数の押し戸が全て開ききり、最後のドアの前でヌードルをすすっていた三太(さんた)をはね飛ばした。
「今日はこころのドアが全部開いた!」数十メートル向こうから北美の喜声。「こいつぁ幸先いいや!」
×
「あけまして!」
はしゃぐ余り夏川(なつかわ)は転倒し、持っていたボタンを押してしまった。
広場四隅のスピーカーからのファンファーレを合図に、旧い銀行の時計台が閃光と爆音のあと崩壊し、噴水を挟んで向かいの餅屋から、逃げ惑う人々へ七色の火花が次々発射される。悲鳴と紙吹雪が舞いに舞った。
「あ、あれ?」
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:あけまして(Not Opening)
分類:勢いで
作成開始日:二〇一三年一月三日
作成終了日:二〇一三年一月三日
制作時間:一時間くらい
文字数:八百十
KKST-0005
「ちょおっと、待ってもらって良いですか?」
「ん」
生徒会長、少し首を捻ったものの、「良いよ。どうぞ」と渋々応じてくれたので、おれは東埜(ひがしの)の背中を叩いて、
「ちょっと外して、ミーティングしよう」と、立ち上がった。
「はえ、」
四分の一ほど疑問形を混ぜて返事した彼女を待たず、生徒会役員らに軽く会釈をして、おれは廊下へ出た。
すいませんすいませんと無駄に頭を下げたあと一度戸に肩を引っかけて、ようやく東埜が追いつく。
「――あのさ、東埜。今どういう場面か、分かってる?」
「もちろんです」彼女は胸を張って、「装甲人機(そうこうじんき)を、家庭科室に置いてもらえるように……」
「そうだよな、交渉してるんだよな?」
おれは額を手で押さえながら、極力語調を柔らかにして、彼女を諭しにかかった。
「相手の側になって考えてみろよ」
「ええ」
「でっかい兵器を校舎の中に置きますよ、と」
「そうですね」
「ただ言われて、『はい良いですよ』って許可できると思うか?」
「ああ! 確かに、生徒会にそんな権限、無いですよね!」東埜は余計な納得をして、「まず教頭先生あたりに言質(げち)取りしろってことですよね? かしこい!」
「それ以前の問題です。それ以前の問題」爛々とした彼女の目線を軽く払って、「でっかい兵器は基本的に、学校には置けないと思うの。危ないから。だから誰も許可できないと思うの」
「装甲人機でたこ焼き、焼けないってことですか?」
「普通、そうなるよね」即座に反論しそうな顔の彼女に、矢継ぎ早に続けた。「そうなっちゃうから、あれを学校に入れたいんだったら、あれが兵器だっていうことは言っちゃ駄目だろ。思わない?」
「じゃあ、滑腔砲(かっこうほう)とか、機雷ポッドとか、武装のことどうやって説明するんですか?」
「あれは、飾りだ」
「嘘つくんですか」
「嘘じゃないよ。実際、文化祭で戦闘があるわけじゃないだろ? 使わないんだから、あれは飾りと言って間違いないじゃん」
「それは屁理屈です」
「だから。だからね? 交渉ごとって言うのはそういう話し方をするんだって言いたいの、おれは」
口への字の東埜をいよいよ黙らせるべく、話をまとめにかかる。「都合悪いことを正直に駄々流しで喋っても、はいはい進まないから、ウケ良いほうに、話を整えて持ってって、相手に断りにくくするのが交渉だ。……それができないんなら、火炎放射器で焼き物して客を呼ぶなんざ、もう論外だな」
東埜はしばらく伏し目で呻ったのち、気持ちを切り替えたように一つ頷いた。
「分かりました。……さっきの話は一般的な性能で、今ついているのは飾りだってことにします」
「よし」さすが軍人。分かりが良い。「そういう風にフォローするしかないと思うよ」
「たこ焼きもやめます。ケーキの出店(でみせ)にします」
「は?」
「火炎放射器も飾りなのです。だから使いません」
「あの、……」全然分かり良く無かった。「じゃあ、装甲人機は、家庭科室で何するの?」
「マスコットです!」
「自分で言ってて苦しいと思わない?」
「苦しいです!」
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:二人で(千字程度)
分類:掛合い
作成開始日:二〇一三年一月三日
作成終了日:二〇一三年一月三日
制作時間:一時間半くらい
文字数:千二百九十四
KKST-0004
〇MUJI Laboの二〇一二年秋冬コーディネート集でファッションを決めて、ワンカット書きます。
・オーガニックコットンツイル裏フラノフーデッドブルゾン・カーキ(七千五百円)
・ウールカシミヤ入りタートルネックセーター・ネイビー(四千八百八十六円)
・オーガニックコットンデニム5ポケットパンツ・インディゴ(五千九百八十円)
・くろい革靴(不明)
〇おしあがり
黒い革靴で踏み押さえた相手へ、すかさず腰からピストルを抜いて向けたのは、おそらく未成年の男子であった。
短い黒髪に黒目、マットな土色のフード付きジャンパーを緩く羽織り、はだけて見せた紺色のセーターに、裾をまくったデニムのパンツ姿。
さしたる主張のない、いかにも普段の出掛けという格好であったが、その表情、目線は鋭く、躊躇(ちゅうちょ)無く相手を掴んで離さない。銃器の使用を含め、生業(なりわい)として当然のように数こなしてきたかのようだ。
額ににじんだ汗をもう一方の手でぬぐい、呼吸を整えながら、彼は相手へ冷静な声で問うた。
「――どうする? ちゃんと放送受信料、払う?」
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:MUJI Labo 2012AW 9M
分類:カット
作成開始日:二〇一二年十二月二十七日
作成終了日:二〇一二年十二月二十七日
制作時間:一時間くらい
文字数:四百五十一
KKST-0003
東芝製の古い黄緑色の冷蔵庫から、スーパーで買った茨城県産の和梨を出してきた。四個入り百九十八円のセール品だった。
少し扁平で、表面の黄金色の皮にびっしりと薄色の斑点がついている。手のひらで軽く持て余す程度の大きさ、中が充ちているのに相応しい重みを感じる。しっとり冷たい。
軽く振ると、わずかに光の粉の残像がこぼれる。
何という銘柄だったか、と、再び冷蔵庫を開ける。袋のラベルには、
な し(茨城県産)
と、黒字の印字しかない。あとでグーグルで検索しようと思う。
流しの脇に、ポリエチレンの白いまな板を置き、梨を載せる。足下の棚の、扉の裏に掛けてある包丁の中から、一番小ぶりな木目柄のフルーツナイフを抜いて握る。
剥き方で特に深く考えるところはないと、念のため確認する。
果実のてっぺん、へたの間近にナイフの刃をあてがって、なるべく等分に縦断するよう位置を決める。
持て余している方の手を刃の背に乗せて、はじめは軽く、刺し入ったら一気に、刃を押し込む。
ざらざらした感触にあわせて、切り口から光の飛沫が弾け、玉虫色をして立ちのぼっていく。
梨は綺麗に割れ、左右に倒れて白い果肉を晒す。
それぞれを裏返して、中心から更にナイフで両断する。
じんわり、果肉の切断面から白い光がにじんで、したたる。
四つに分けた果実を、一つひとつ持ち上げて、内側へ切り込みを入れ、芯と種を取り除く。
透き通った甘酸っぱい香り。
ひっくり返し、皮の末端と果肉の境へ刃先を斜めにあてがって、果実を斜め手前に引き寄せるように、皮を削いでいく。
切れ切れ、皮くずがまな板に落ちるたび、光の煙が舞い上がる。
大体で皮を剥けた果肉を、もう一度半分に切った後、無地の白い皿へ無造作に盛りつけ、手と道具を洗って生ごみを片付けて、一本、爪楊枝を刺して茶の間へ持っていく。
ローテーブルの上に皿を置く。
その中からぼんやりとした光の揺らめきが湧いて、ゆるやかにあふれている。
ソファに腰掛けて、一片、果肉を食う。
噛むと、しゃりしゃり心地よい歯ごたえとともに果汁がふきだし、口じゅうに、豊かな水分と、染みいるような淡い甘味が充満する。
そのままそれを飲みこむ、飲み干すと、喉のずっと奥底にある、何か特別な感覚器が動いて、
きん、
と、ガラスを鳴らしたような気配がする。
目に見えるものが、軽くきらめく。
それで至福。
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:なしのオーラ(gold dust of nashi pear)
分類:描写文
作成開始日:二〇一二年十二月二十四日
作成終了日:二〇一二年十二月二十四日
制作時間:二時間くらい
文字数:千十五
KKST-0002
がしゃあん、
と、大仰に割れものの割れた音がした。
*
「貴様らか!」
顔すっかり火照らせ、あちこち血管を浮かせながら、干物じみた容貌の老人が、歯の無い口で、不明瞭にわめいた。
「貴様らか、俺の、柿右衛門(かきえもん)の花瓶を割ったのは!」
老人の足下には、ざっくり割れた柄物磁器の大きな破片が散乱し、ぼうぼうに伸びた青草の隙間で、軟球が転がっている。
「良いか、この花瓶はな、貴様らが、泣いてすがっても、とても両親の身分じゃ弁償できねえ代物だぞ、な? 柿右衛門の花瓶だ。酒井田(さかいだ)柿右衛門。第十二代。人間国宝。知らねえだろ、な? それの濁手(にごしで)だ、濁手。十万、二十万で済むもんじゃない。百万は軽く行く。貴様らどうしてくれるんだ! ええ?」
ボールを取りに来たユニフォーム姿の女子中学生三人は、まくし立てて凄む老人を前に、あっけにとられて、顔を見合わせるしかなかった。
「えーと、……ねえ?」
「私ら、関係ない……」
「だよね。先生呼ぶ?」
それに老人はますます逆上した。
「おい、今何て言った! もういっぺん言ってみろ! この期に及んで開き直りか! ええ?」
「いや、」
真ん中の一番背の低い少女が代表して、若干嘲り混じりに言った。
「割ったのは、あんたでしょ」
「なあっ、何をぉっ! このっ、」
いよいよ爆発したと見える老人は、一歩、二歩、渾身の力で足を踏みしめたのち、
屈んで握りしめた軟球を、
斜め後方視線の埒外へ半回転で捻り込んで、
「この野郎っ!」
盆栽棚に並べられた大皿を一枚、飛び散らした。
「俺が割ったとはなんだ、この野郎ぉっ! ふざけたこと抜かすなああ!」
そして老人、青白い寝間着の袖をはためかせながら、その辺の小ぶりな庭石や、盆栽などを両手で掴んでは、
「どいつもこいつも、」
繰り返し、繰り返し全力で放り、
「どいつもこいつもおぉっ!」
荒れ果てた庭に飾られた薄汚い陶磁器類から、土埃で汚れた縁側のガラスまで見境無く割りまくった。あわてて少女らが廃屋から逃げ出して、五分もしないうちに、小ぶりのパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけた。
「ハタセさあん」
無残な光景の中へ警官の一人が呼びかけると、息を切らしながら老人は振り返って、
満足そうににんまり顔を緩めたあと、ゆっくり頷いて敬礼した。
「ここ、ひとんちだから。ケアハウスに帰ろう、ハタセさん」
「ん。ごくろう」
顔馴染みらしい警官らに背中を押され、パトカーの後部座席に乗り込んだ老人は、出し抜けに、
「緊急の株主総会を招集する」と低い声で宣言した。
「何だって? 総会?」
運転役の警官が思わず笑って訊き返すと、老人は据わった目をして、唱えるようにこう述べた。
「【あの時】、俺の柿右衛門の花瓶を割ったのは、長男の辰雄(たつお)ではなかった。跡継ぎにしてやった次男の喜久雄(きくお)だ。奴が割ったんだ。割れた花瓶の破片に、今日喜久雄が差し入れでよこした、『よこ屋』の安倍川餅(あべかわもち)のきな粉がべっとり付いていた。べっとりだ。思い出した。間違いない。あれは【あの時】から、奴の大好物だったんだ。畜生。見落としだ、畜生……。すぐあの面(つら)に解任動議を突きつけて、俺を屋敷から追放したあの野郎を、いっぺんに社長から引きずりおろしてやる」
「お昼に安倍川餅食ったの?」隣に座った警官が問いかけた。
「おいしかった?」
「ああ」
「じゃあ、ハタセさんも安倍川餅好きなんだ?」
「もちろ……」
言いかけて、はっ、と黄ばんだ目玉を見開いた老人は、
「お、れ、だ、っ、た」
すっかり力の抜けた顔と声で呟いた。
「花瓶を割ったのは、俺だったあ……」
「正解」隣の警官がもっともらしく頷いた。「それ、正解」
「きな粉の付いた手で、うっかり触っちゃったんだなあ……。それで慌てて手を滑らせて割っちゃって、いたずら好きな辰雄のせいにした……。そうだった……」
「あ、そっち?」
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:花瓶を割りました
分類:謎解け
作成開始日:二〇一二年十二月二十三日
作成終了日:二〇一二年十二月二十三日
制作時間:三時間くらい
文字数:千六百五十五
(なんかショートショートとして成立してしまっている気がする……)
KKST-0001
入社して間もないひるめし時のこと、
「僕の家、超汚いんすよ」
と雑談の流れでこぼしたら、課の先輩の恭子(きょうこ)さんが、
「何なら、あたしがかたしてやろうか?」
と乗ってきたので、そこそこわくわくしながらお言葉に甘えることにした。何でも、生粋の掃除好きで、ハウスクリーニング検定一級が取りたくて葬祭業から清掃業へ華麗な転身を遂げたことが、あるとかないとか。
約束の土曜日、アパートの自室にて、快活な恭子さんとの爽やかな共同作業をささやかに夢想していると呼び鈴。早速玄関のドアを開けると、グレーのキャップに作業着姿の恭子さん、
といかつい男。
「ちゅっす」
「あえ?」と僕。
「あ。これ?」恭子さん、あっさりと、「旦那」
「えあ?」
全く知らなかった僕が放心する目の前で、その旦那がいきなり、
「っひゅぅ!」
と白目剝いて卒倒した。
「ええええええ!?」僕驚愕。
と同時に壁天井全面で蠢いていたゲジゲジが、一目散に外廊下へ噴き出た。
「ええええええ!?」恭子さんもびっくり。
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:げじびより!(Bad day for house centipede)
分類:意外性
作成開始日:二〇一二年十二月九日
作成終了日:二〇一二年十二月十二日
制作時間:一時間半くらい
文字数:四百四十六
書き捨てについて・はじめに
2011年の夏、「イグジット」という小説を未完のまま発表し、ウェブでの活動を休止したときよりも随分体調は良くなっている。なってはいるが、ちからが出ない。小説をばりばり書いてどしどし発表したいのに、ホームページをイカした見てくれにしたいのに、そうした気持ちをかたちにできる創造のちからが出ない。弱る。
僕には、新しい顔を焼いてくれるジャムおじさんの存在や、大衆から元気をほんのちょっと分けてもらう身体器官がないので、ここは、療養しながら自分で何とかするしかない。困る。
廃人になるまえに、やれそうなことはやってみよお。そのひとつが「書き捨て」である。
〇書き捨てとは
ごく短い、練習用の創作文章。
図画でいうラフスケッチのようなもの。
〇公開の意義
外の目を意識することによって、モチベーションの維持と、他人に意図を伝える努力に結びつけたいとの考え。
〇その他雑多な補足
- 記事のタイトルは通し番号(KKST-数字4ケタ)。
- 各書き捨ての末尾には、以下の事項を列挙している。
- 「※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。」という注意書き
- 仮題
- 分類(主観的なテーマ)
- 作成開始日
- 作成終了日
- 制作時間(およそ)
- 文字数
【2013.12.28 改稿】