KKST-0003
東芝製の古い黄緑色の冷蔵庫から、スーパーで買った茨城県産の和梨を出してきた。四個入り百九十八円のセール品だった。
少し扁平で、表面の黄金色の皮にびっしりと薄色の斑点がついている。手のひらで軽く持て余す程度の大きさ、中が充ちているのに相応しい重みを感じる。しっとり冷たい。
軽く振ると、わずかに光の粉の残像がこぼれる。
何という銘柄だったか、と、再び冷蔵庫を開ける。袋のラベルには、
な し(茨城県産)
と、黒字の印字しかない。あとでグーグルで検索しようと思う。
流しの脇に、ポリエチレンの白いまな板を置き、梨を載せる。足下の棚の、扉の裏に掛けてある包丁の中から、一番小ぶりな木目柄のフルーツナイフを抜いて握る。
剥き方で特に深く考えるところはないと、念のため確認する。
果実のてっぺん、へたの間近にナイフの刃をあてがって、なるべく等分に縦断するよう位置を決める。
持て余している方の手を刃の背に乗せて、はじめは軽く、刺し入ったら一気に、刃を押し込む。
ざらざらした感触にあわせて、切り口から光の飛沫が弾け、玉虫色をして立ちのぼっていく。
梨は綺麗に割れ、左右に倒れて白い果肉を晒す。
それぞれを裏返して、中心から更にナイフで両断する。
じんわり、果肉の切断面から白い光がにじんで、したたる。
四つに分けた果実を、一つひとつ持ち上げて、内側へ切り込みを入れ、芯と種を取り除く。
透き通った甘酸っぱい香り。
ひっくり返し、皮の末端と果肉の境へ刃先を斜めにあてがって、果実を斜め手前に引き寄せるように、皮を削いでいく。
切れ切れ、皮くずがまな板に落ちるたび、光の煙が舞い上がる。
大体で皮を剥けた果肉を、もう一度半分に切った後、無地の白い皿へ無造作に盛りつけ、手と道具を洗って生ごみを片付けて、一本、爪楊枝を刺して茶の間へ持っていく。
ローテーブルの上に皿を置く。
その中からぼんやりとした光の揺らめきが湧いて、ゆるやかにあふれている。
ソファに腰掛けて、一片、果肉を食う。
噛むと、しゃりしゃり心地よい歯ごたえとともに果汁がふきだし、口じゅうに、豊かな水分と、染みいるような淡い甘味が充満する。
そのままそれを飲みこむ、飲み干すと、喉のずっと奥底にある、何か特別な感覚器が動いて、
きん、
と、ガラスを鳴らしたような気配がする。
目に見えるものが、軽くきらめく。
それで至福。
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:なしのオーラ(gold dust of nashi pear)
分類:描写文
作成開始日:二〇一二年十二月二十四日
作成終了日:二〇一二年十二月二十四日
制作時間:二時間くらい
文字数:千十五