KKST-0015
悪友どもと賭けポーカーに興じて笑い転げていたところに、まるごと、張り倒すような怒声が響いた。
「何してるの!」
熱帯夜のテラスが、水を打ったように静まりかえる。
振り返ると、血相を変えた母が、寝間着姿のまま奥の扉からこちらへ身を乗り出していた。おれはほとんど一心不乱に、その場へ生ぬるい手札と硬貨ひとつかみを放り出し、仲間を蹴り除けて、手前の扉にすがりついた。
三階の回廊に出る。シャンデリアからの油灯りが、じっとり吹き抜けを照らしていた。夢中で駆けだしたとき、不意に壁際のピアノの鍵盤に手をついてしまう。冷たい感触のあと、重い不協和音が跳ね上がった。引きずられる感覚を振りほどいて、おれは必死で逃げた。
手応えのない赤絨毯の上を踏みしめて、細く遠く続く回廊を走っていく。焦げ色の幾列もの書架と、睡蓮柄の彫られた手すりが、両目の脇にぶれながら流れていく。
その途中、ふと思った。
(嘘だ)
そして立ち止まった。
(こんなおかしなことはない。そうだ、おれは粗末な賭博で遊んだりはしない。万が一にも付き合わされるにしたって、母親にまざまざそれを晒すような節操のないやり方はしないんだ。これは何かの間違いなんだ)
おれはきびすを返して、胸の内の不安を振り払おう、理不尽を打ち壊そうとせき立てる体のままに、逃げ道を舞い戻った。
(そうだ、)
(これは夢なんだ。そうとしか考えられない!)
回廊を曲がり、テラスへの扉を二つ超え、更にその角にある閉ざされた片扉へ急ぎ、息吐かぬ間にばん、とそれを引き開けた。
八帖ほどの簡素な洋間で、母はこちらに背を向けており、一個垂れた白熱灯の傘の光の下、黙って台所のコンロで炒め物をしていた。おれの感情は、激しい確信に変わって、そのまま口をついて出た。
「ほうら、さっきと服が違う、エプロンを着てるじゃないか!」
「おれはなんにも間違っちゃないんだッ!」
ばらばらに崩れて
暗転。
(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
仮題:正当化回廊
分類:夢原作
作成開始日:二〇一三年二月二十四日
作成終了日:二〇一三年二月二十四日
制作時間:一時間くらい
文字数:八百十四