tamagome logs

たまごにことだま、こめてめばえる。

KKST-0029

 霞雲の奥から、歪んだ月の姿がおぼろげに透けて見えた。空は赤みがかった灰色に街の光りを照り返し、道筋は、夜闇が飲みこもうとするのをぴしゃりと拒んで、不思議に青く沈んでいた。

 新しくまぶされた粉雪が、純潔のベールのように見えた。足下から橋の先まで、それをひと筋の靴跡とけものの足跡だけが侵していた。追うように、歩みを進める。

 雪にただ埋もれた無人の河川敷に挟まれて、色を剝かれたような黒のうねりが、橋の真下へざばざば流れ込んでいく。手すりから少し、覗き込んでも、何の濃淡や輝きもない。強く、冷たい力が引きずり込むような感覚がして、思わず顔をそむける。

 車がヘッドライトを焚いて後へ前へまばらに行き交い、目に映るものを明と暗に、一瞬、さばいて消えた。

 風はほとんど吹かない。頬が凍り付く匂いもない。人の気配は、イヤフォンから流れるバラードの中にしかない。

 橋の終わりから少し行って、脇の細い路地に逸れる。

 低い新築のマンションと、執念じみた塀に覆われた古い平屋の狭間を抜けると、家並みの中で、一本の街灯が、小さな公園を聖域のように銀白に浮かばせていた。

 鎖と座面のないブランコ、シートで囲われたベンチやばね乗り遊具、鉄棒も滑り台も、何もかもが埋もれながら、終わりの季節を静かに受け入れていた。

 街灯のランプの周りでささめ雪が明かされて、小さな粒子がたおやかに降りてくるのが見えた。それは海中に限りなく漂う、微生物のようだった。そうしたらここは、海の底か何処かだろうか、と夢想した。

 不意に、両手を広げて、空を仰いだ。

 何の思惑もない。

 この顔に点々と雪が降りては、だらしないぬるさを帯びて、すぐに融けていった。

 

 やがて川沿いの道に出た。河川敷の側に続々植えられた木が影一色になって、絡み合ったむき出しの枝のすべてを空へ突き刺していた。その奥に、向こう岸の町並み、何かの信号のような、低く薄いランプの羅列が見えた。

 通りへ出る少し手前で、木々と並んで、立て看板の骨組みが一つ朽ちかけて立っているのに気づいた。背丈ほどの高さで、てっぺんに張り付け用の四角い枠が組まれていた。

 気付いたときには、

 勢いをつけて駆けだし、

 その枠に向かって思い切り頭から飛び込んでいた。どうしても、そのとき、それを抜けたらここから出られるのではないかと、思わずにいられなかった。

 頭と肩は、枠を抜けた。しかし、腹から下は重みで垂れて看板の柱へ激突し、嫌な破砕音と共に、それをからだごとなぎ倒した。地面へ打ち付けた視界が暗赤色に凍り付き、鼻と膝に深い痛みがにじんだ。人の気配は、イヤフォンから流れるダンスチューンの中にしかなかった。

 

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)
 仮題:粉雪と孤独
 分類:描写文
 作成開始日:二〇一四年一月十二日
 作成終了日:二〇一四年一月十三日
 制作時間:二時間三十分
 文字数:千八十三