tamagome logs

たまごにことだま、こめてめばえる。

KKST-0025

「さあさ皆様お待ちかね、鶏肋屋(けいろくや)恒例、持ってけ市の時間だよ! 五百円持ってこぞってこぞって、五千円から五万円まで、とっておきの商品の、文字通りの投げ売りだあ! 早いもの掴んだもの勝ちの持ってけ市だよ! こぞってこぞってぇ!」

 どや顔で書きものでもしようとカフェまで歩いていたところ、中華街の傍らにがやがや人だかりが出来ていたので、何となく立ち止まった。

 見ると、脚立に乗ったはっぴ姿のおじさんが、金色の看板を掲げた雑貨店の軒先でしわがれ声を張り上げて、若い店員が差し出すどでかいダンボール箱の中から、大小長短ぴんきりの物体を次々四方に放り投げていた。

 その度に無数の腕が歓声とともに行方を追って伸びて、品物を掴んでは取りこんでいく。

 別に買い物する予定は全くなかったのだけれど、射幸心をあおられたのか、気が付くと自分もその人ごみにふらふら近寄って、端っこからそれらしく手を挙げていた。五分かそこらこの狂乱に身を任せて、普段石みたいに固まった気分を意地汚く崩すのもからだに良いかと思った。

「六千九百八十円のチャイナコートだ、持ってけえ!」

「綿からカバーまでシルクシルクシルク、掛け布団一万九千八百円だ、持ってけ持ってけえ!」

「お笑い芸人じゃないが、落とすなよ絶対落とすなよ、白磁(はくじ)茶器セット、この野郎持ってけえ!」

 威勢良く醤油顔のおじさんが吐き捨て、大半女性の悲鳴と、乱暴なもみ合いの嵐が湧く。

 街の赤い柱や枠。屋根や壁の文様の青緑。あちこちに鎮座する龍と漢字だらけの看板。独特な空気がみずから酔わせ、こちらの正気を退かしてくれるように思えた。

「縁起が良いね、売れ残りの七福神だ、持ってけえ!」

 おじさんが繰り出した物体がひとつ、弧を描いて、こちら真正面へ飛んできた。良し来い、と軽くジャンプして、並みいる手と手を抜けだしそれの端をつかみ取った。追いすがるようにいくつかの手が異様な力で引き離そうとしてきたが、夢中で胸元までぶんどって、抱きかかえた。

 まず急いでその場から離れて、そこそこの幸運に浸ったあと、手に入れたビニル包みの中身を確かめる。

 金メッキされた、まさに縁起物の熊手で、包みに「一万五千六百円」と値札が貼られていた。

 中国と何も関係ないような……、とも思ったが、とにかく良い値段だったので、店の奥で五百円払ってから、優越感とともに人だかりに背を向けた。

 歩きながらこの熊手の始末を考えてみたら、まあ家に飾るくらいしか使い途がないので、いっそのこと売ってしまおうか、オークションに出すのはどうだろう、と思いついた。ちょっと路地に入って壁にもたれて、相場を調べようと携帯電話を出していじっていると、「おっす」と、聞き覚えのある声がした。

「帆立(ほたて)主任」

 勤め先の上司だった。

「どうしたんですか、こんなところで」

「どうしたって、お前こそどうしたのよ」主任はこざっぱりしたジャケットを着て、いかにもな出掛けの体だった。こちらに不似合いな熊手に早速目をつけて、「お、なんだそれ。買ったの?」

「持ってけ市でつい、取っちゃって……」

「持ってけ市? なに、オバチャンどもとわざわざ格闘してまでそいつを買ったの?」

「はあ……」そう言われると我に帰って、小恥ずかしくなる。「でも、一万五千円なので……」

「へえ」

 主任は熊手を手にとって、しげしげと興味深そうに細部や値札を観察したあと、

「まあ、良くやった方か」

 と一言評して、こちらに銃口を向けた。

 ばあん、と目の前いっぱいにそれが炸裂して、首の付け根を焼き切れたような熱さと痛みが貫き、真っ赤で生ぬるいしぶきがほとばしった。それを感じたときにはもう体が動かなくなっていて、力をなくした膝や腰が折れるのになすがまま、視界が崩れ、地べたに横倒しで転がる。

 帆立主任が金色の熊手を持って、路地の向こうへ全速力で駆けていくのが見えた。

 出口の光へ飛び込もうとしたその背中が、何者かの銃撃で弾かれて、棒倒しになるのも見えた。

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:持ってけ市
 分類:夢原作
 作成開始日:二〇一三年五月十九日
 作成終了日:二〇一三年五月十九日
 制作時間:二時間くらい
 文字数:千六百五十五