tamagome logs

たまごにことだま、こめてめばえる。

KKST-0009

  日の入り後の薄暗い部屋で、テレビがタレントの開運旅もの番組を垂れ流すのを背に、僕はパソコンで名の知れない同人作家の少女漫画をダウンロードしようとしていた。

 しゅうしゅうとディスプレイの背後で、円筒型の加湿器が湯気をあげている最中から、

「あれ、ボクのこえ、
 か、わ、っ、て、き、た、な、あ、」

 と、消え入るように低く歪んだ喋りが聞こえた。時報ロボットの電池切れが近い知らせだ。ロボットとは言え、唯一の家族と険悪になることがなにより怖かった僕は、慌てて立ち上がると、ソファの後ろの棚にいた立方体の時報ロボットを持ち上げた。

「電池がなくなってきているようだよ。気がついてくれてとってもうれしい」

 動きを関知したのか、ロボットが褒めるパターン文をか細く発した。「なるべく早く、新しいものにこうかんしてね」

 僕がロボットの底の電池ぶたを開けようとした矢先、

 部屋中の電話が一斉に鳴り出した。

 据え置きのファックス。万能携帯(スマートフォン)。仕事用の有能携帯(フィーチャーフォン)も。

 パソコンに繋いで耳に当てていたヘッドフォンからも電子的な呼び出し音があふれた。僕は軽いパニックの中、夢中で仕事用の携帯を手に取り、筐体(きょうたい)を開いた。

 画面には、呼び出し人が、『コルムーン歌劇団』とあった。

 全く知らない存在だった。

 ファックスも、万能携帯も、どれも同じ呼び出し人を知らせていた。

 鳴り続ける。鳴り続ける。

 呼び出し音が繰り返し部屋をかき回す。

 僕はとても応答する気にはなれなかった。けれども、そういうふうに無視することは、とてもやましいように思われて、のどの奥の奥のほうが、ひりひり痛んで辛かった。

 一分ほどで、全ての呼び出し音は止んだ。

 安堵したついでに、加湿器に黄色い欠水警報ランプが点いているのが目に入ったので、水を補給するために電源スイッチをオフにした。時報ロボットをその隣に戻しながら、僕は、少し前に同じように電話を無視したあと、名の知れない誰かから、

「なんで出ないのよ」

 と万能携帯へショートメッセージが投げられたのを思い出して、いっそう憂鬱になった。

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:薄暗い部屋
 分類:夢原作
 作成開始日:二〇一三年一月十九日
 作成終了日:二〇一三年一月十九日
 制作時間:一時間弱
 文字数:九百四