tamagome logs

たまごにことだま、こめてめばえる。

整理します

 気づいたら前回の投稿から半年以上経っていた、わけではなく、例によって体調が思わしくなかったのですが、正直、今もあまり良くありません。
 メールや手紙を送られた方にはずっと返信をせず大変申し訳ありませんが、当分このままの状況が続くと思っています。どうかご容赦ください。

 今後の活動を念頭に、ブログまわりを整理しようと思っていますので、ここに概要を記しておきます。

【2014.1.4 追記】下記の整理作業を完了しました。

 

f:id:tamagome_ogo:20131228192252j:plain

 どうでもいい話ですが、tamagomeのロゴをマイナーチェンジしました。デザインを輪郭ではなく平面表現に。(背景に深い意味はありません)

 

○書き捨て以外の記事を削除します

 このブログにある「書き捨て」以外の記事の大半を削除することにしました。内容は別に他愛のないものばかりなのですが、どうしてか、このまま掲載しておく気になれなかったためです。きっと、日常ネタやエッセイ的な言葉を開陳するのに不向きな性分なのだと思います。当分書かないように自重します。

 削除は年明け三が日以降を予定しています。なお、該当の記事には、「近日削除」のカテゴリーをつけています。

 

○tamagome booklogを削除します

 前項と同様の理由によるものです。同様に年明け三が日以降削除します。

 ただ、読書のほうは過去五年間でもっともはかどっており、ただ読みっぱなしにするのももったいないので、良かった本を褒める記事を時々ブログで書いて、自分のために、自分の中で反芻したいと考えています。

 

○時々近況を書きます

 創作活動の進捗、体調などについて、不定期に簡潔な記事にして、安否不明な事態をできるだけつくらないようにします。

 

 去年からいろんな力を取り戻そうと打ち出して、今年はぜんぶ行き詰まった、そんな流れで来ています。来年は、ごく小さな経験をこつこつ積み上げていければと思います。

 皆様の、そして僕の来年がよりよいものとなるよう願っています。

KKST-0026

〇次のキーワードを用いて、八百字以内で物語のあらすじを書きます。

(ショッピングセンター・西暦六〇九年・戦争・田舎町)

※キーワードは、Wikipediaの「おまかせ表示」機能を利用して、出来るだけランダムに選びました。

 

〇おしあがり(八百字)

 田舎町の郊外のショッピングセンターで従業員として働くヨシアキには、ごく小さな隙間や穴を覗き込むという習癖があった。ある日の勤務中、やや強い地震に襲われた彼は、所在不明になっている年上のパート・チアキさんを捜すよう指示される。すぐに、ボイラー室で気絶して倒れている彼女を発見したものの、魔が差した彼は、その耳の何もつけていないピアス穴を思わず覗き込んでしまう。すると、何故か穴の向こうには、金色の大仏像と行き交う甲冑姿の人間の様子が。ヨシアキはこの体験に驚愕しつつも興奮する。

 店はすぐ日常を取り戻したが、我慢できなくなったヨシアキは二日後、彼女を呼び出し、正直にありのままを告白してもう一度穴を見せて欲しいと頼む。チアキさんは「変態」などと毒づいたものの面白がってもいて、結局承諾。以来、彼はチアキさん次第で何度もピアス穴を覗きながら、「向こう」が何なのか推理しようとする。

 実家に出戻っているチアキさんの家に度々家に出入りしたり、街で落ち合いながら彼女と「推理」を重ねるうちに、チアキさんの両親やひとり息子とも打ち解け、再婚相手同然の扱いを受けるようになって、「推理」は家族ぐるみに。やがて「法興寺」という文言を発見したことから、「向こう」は西暦六〇九年頃、飛鳥時代の大仏が建立された前後の寺の中で、寺や大仏の存否をめぐって二派が戦争している、という結論に達する。

 しかし、史実にはそのような記録はなく、「向こう」では寺を守る側が明らかに劣勢、現代まで残るはずの大仏が破壊される危機にあった。歴史が変わらないように「何か」すべきだと強く訴えるチアキさんの息子の発案によって、交戦中の「向こう」の敵陣にパーティースプレーでひもを噴射しまくって「援護」し、敗走させることに成功する。その後、一連のことがきっかけで婿入りしたヨシアキは、チアキさんのピアス穴の向こうにまた別の光景を見るようになる。

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:ピアス・ホール・タイム
 分類:粗すじ
 作成開始日:二〇一三年六月一日
 作成終了日:二〇一三年六月九日
 制作時間:八時間くらい
 文字数:九百二十四

 

(このあらすじに行き着くまでに、三つほどボツにしました……。苦しかった……!)

KKST-0025

「さあさ皆様お待ちかね、鶏肋屋(けいろくや)恒例、持ってけ市の時間だよ! 五百円持ってこぞってこぞって、五千円から五万円まで、とっておきの商品の、文字通りの投げ売りだあ! 早いもの掴んだもの勝ちの持ってけ市だよ! こぞってこぞってぇ!」

 どや顔で書きものでもしようとカフェまで歩いていたところ、中華街の傍らにがやがや人だかりが出来ていたので、何となく立ち止まった。

 見ると、脚立に乗ったはっぴ姿のおじさんが、金色の看板を掲げた雑貨店の軒先でしわがれ声を張り上げて、若い店員が差し出すどでかいダンボール箱の中から、大小長短ぴんきりの物体を次々四方に放り投げていた。

 その度に無数の腕が歓声とともに行方を追って伸びて、品物を掴んでは取りこんでいく。

 別に買い物する予定は全くなかったのだけれど、射幸心をあおられたのか、気が付くと自分もその人ごみにふらふら近寄って、端っこからそれらしく手を挙げていた。五分かそこらこの狂乱に身を任せて、普段石みたいに固まった気分を意地汚く崩すのもからだに良いかと思った。

「六千九百八十円のチャイナコートだ、持ってけえ!」

「綿からカバーまでシルクシルクシルク、掛け布団一万九千八百円だ、持ってけ持ってけえ!」

「お笑い芸人じゃないが、落とすなよ絶対落とすなよ、白磁(はくじ)茶器セット、この野郎持ってけえ!」

 威勢良く醤油顔のおじさんが吐き捨て、大半女性の悲鳴と、乱暴なもみ合いの嵐が湧く。

 街の赤い柱や枠。屋根や壁の文様の青緑。あちこちに鎮座する龍と漢字だらけの看板。独特な空気がみずから酔わせ、こちらの正気を退かしてくれるように思えた。

「縁起が良いね、売れ残りの七福神だ、持ってけえ!」

 おじさんが繰り出した物体がひとつ、弧を描いて、こちら真正面へ飛んできた。良し来い、と軽くジャンプして、並みいる手と手を抜けだしそれの端をつかみ取った。追いすがるようにいくつかの手が異様な力で引き離そうとしてきたが、夢中で胸元までぶんどって、抱きかかえた。

 まず急いでその場から離れて、そこそこの幸運に浸ったあと、手に入れたビニル包みの中身を確かめる。

 金メッキされた、まさに縁起物の熊手で、包みに「一万五千六百円」と値札が貼られていた。

 中国と何も関係ないような……、とも思ったが、とにかく良い値段だったので、店の奥で五百円払ってから、優越感とともに人だかりに背を向けた。

 歩きながらこの熊手の始末を考えてみたら、まあ家に飾るくらいしか使い途がないので、いっそのこと売ってしまおうか、オークションに出すのはどうだろう、と思いついた。ちょっと路地に入って壁にもたれて、相場を調べようと携帯電話を出していじっていると、「おっす」と、聞き覚えのある声がした。

「帆立(ほたて)主任」

 勤め先の上司だった。

「どうしたんですか、こんなところで」

「どうしたって、お前こそどうしたのよ」主任はこざっぱりしたジャケットを着て、いかにもな出掛けの体だった。こちらに不似合いな熊手に早速目をつけて、「お、なんだそれ。買ったの?」

「持ってけ市でつい、取っちゃって……」

「持ってけ市? なに、オバチャンどもとわざわざ格闘してまでそいつを買ったの?」

「はあ……」そう言われると我に帰って、小恥ずかしくなる。「でも、一万五千円なので……」

「へえ」

 主任は熊手を手にとって、しげしげと興味深そうに細部や値札を観察したあと、

「まあ、良くやった方か」

 と一言評して、こちらに銃口を向けた。

 ばあん、と目の前いっぱいにそれが炸裂して、首の付け根を焼き切れたような熱さと痛みが貫き、真っ赤で生ぬるいしぶきがほとばしった。それを感じたときにはもう体が動かなくなっていて、力をなくした膝や腰が折れるのになすがまま、視界が崩れ、地べたに横倒しで転がる。

 帆立主任が金色の熊手を持って、路地の向こうへ全速力で駆けていくのが見えた。

 出口の光へ飛び込もうとしたその背中が、何者かの銃撃で弾かれて、棒倒しになるのも見えた。

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:持ってけ市
 分類:夢原作
 作成開始日:二〇一三年五月十九日
 作成終了日:二〇一三年五月十九日
 制作時間:二時間くらい
 文字数:千六百五十五

KKST-0024

「そこでダニーが、たこ焼きを空中散布したわけー」

「超クール」

 ジェイとアンディはげらげら笑い合った。

「しかもそれ、レーザー出すの。もう避けんの大変」

 ジェイは真っ赤なフロアソファから立ちあがり、投げだされた新聞紙やDVDを蹴散らしながら、冷蔵庫から紙パックの牛乳を出してきて、封を開け、ちゃぶ台のジョッキへ注いだ。

「超ハード」

 アンディはからだをくねらせて笑った。

 紙パックからジョッキへなみなみと牛乳が入った。

 なみなみとなみなみとなみなみとなみなみと入った牛乳は、そのうち、なみなみとなみなみとなみなみとなみなみとジョッキからあふれ出し、しゃばだばしゃばだばしゃばだばしゃばだ、とスナック類で散らかったちゃぶ台一面に広がって、そのまま全方向滝になってこぼれ落ちた。

 鼻歌とともにジェイが牛乳を垂れ流す一部始終を、アンディは、いつの間にかとりつかれたような形相で見届けていた。

(なんという自然かつ至高な防壁展開……! これなら我等聖戦士は……テレビジョンを介し公安の陰謀が配信する……あの有毒電波など攻略したも同然なり……!)

 そういう衝撃を受けながら、夢中で小脇に抱えたボックスティッシュから一枚抜いた。そして一目も見ずに脇へ放った。

 ちり紙がひらり、無軌道に宙を縫って、牛乳浸しになった床へ滑り、しみこんでいくのを待つことなくしゅびどぅばしゅびどぅばしゅびどぅばしゅびどぅば、アンディは、矢継ぎ早にちり紙を抜いて投げて抜いて投げて抜いて投げて抜いて投げた。

 背後に無数のちり紙を乱れ飛ばす彼の姿を目の当たりにしたジェイは、すっかり鼻歌をやめ、電撃的な感動の余り、呆然としてしまった。

(超、ウィンウィン……!)

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:そういうわけー
 分類:勢いで
 作成開始日:二〇一三年五月一日
 作成終了日:二〇一三年五月一日
 制作時間:一時間ちょっと
 文字数:七百二十二

KKST-0023

 周りの四人で机を寄せて、「木天蓼(またたび)商店街活性化のアイデア」を十分でまとめるよう、講師から指示があった。ぼくはめんどくさかったので、もっぱら書記役につとめるべく、すぐメモ紙を目の前に出して、それとなく、まとめ役くさい台詞を放った。

「どうしましょう」

 ぼくのグループは、商店街じゃないところで時計店をやっている年長の柴田(しばた)さん、パート勤め主婦の吉原(よしはら)さん、女子大学生の森塚(もりつか)さん、という顔ぶれである。こういう研修でもないと一言も交わさないような組み合わせで、しばし半笑いに唸ったあと、ぱちり目を開けて最初に口火を切ったのは、吉原さんだった。

「潰しちゃったら駄目? 商店街」

「うわあおドラスティック」とぼく。

「潰したら駄目だろ」柴田さんも仰け反って笑った。

「潰すって、単に潰すんじゃなくて、久遠(くおん)グループのスーパーを誘致して建てるの。おっきな駐車場と一緒に」

「そしたら人が集まってくるってか」

「そうそう。でも、集まってくるかこないかって言ったら、絶対集まってくるでしょ?」

「集まってくるけど、スーパーに行った客が、商店街に寄ってくかい?」

 にやにや頬杖つく向かいの柴田さんに、吉原さんは軽く机を叩いて語気を強めた。

「だから、商店街は潰すの」

「あくまでも潰す」メモするぼく。

「で、スーパーの中にテナントで入ってもらうってこと」

「ああ、そう……。どっちにしろ大がかりな話だね」

 そう評すると、柴田さんは姿勢を正して、自分の意見を開陳した。

「俺は十パーセントくらいの共通ポイントカードを作るのがいいと思うな。十パーセントは多分でかいよ、三千円食料買って、三百ポイントだからね」

「現実的な感じですね」とぼく。

「少し地味じゃない?」眉を寄せてばっさり言うと、吉原さんは腕を組んだ。「もういろんな商店街でやってるでしょ」

「割合が肝(きも)さ。客の立場で見れば、実際の得で考えて買い物先を選ぶよ、絶対。スタンプカードみたいのなら初期投資もちょっとで済むし」

「結局はポイント」メモするぼく。

 そこで、あの……、と、気後れぎみに、正面の森塚さんが軽く手を挙げて、初々しい口調で訊いてきた。

「あんまり大きなポイントにすると、商店街側がやっていけなくなる、っていうことにはならないんですか?」

「その辺の覚悟は必要だよねえ。ポイント分は結局、ポイントつけた店が払うってことだからね」

「そうなんですね」

 別に緊張して喋れないというわけではなさそうだったので、彼女にも意見を求めてみる。

「森塚さんは、何かある?」

「うーん、……」

 彼女は他のグループの話し合いが飛び交う空中をぼんやり見つめながら、ぽつり、
「カジノを建てるとか……」

「法改正だね」柴田さんがゆっくり頷いた。「法改正が必要だね」

「あの、じゃあ、新興宗教の礼拝所とか……」

「しんこうしゅうきょう?」吉原さん、噴き出して、「何教? ねえ。何教がいいの?」

「何教でも良いんですけど、お金持ちな宗教がいいです」照れくさそうに頭をかく森塚さん。

「わあお現金」とぼく。

「色々あるけどねえ、どこの信者も財布はかたいもんだよ」
 発想は面白いけどねえ、と柴田さん。「お金持ちな宗教っていうのは、信者がお金をくれてるわけだけどね、その信者がお金持ちか、って言うと、一応、その辺にいる普通の人たちなんだもん。教祖が宇宙意思を感じちゃうって信じてるだけ」

「宇宙石?」不思議そうな顔で復唱する森塚さん。

「お金は宇宙行き、っと……」

 ぼくがシャープペンでかりかり箇条書きを増やしていると、

「んで、きみはどうなんだい?」

 と、とうとう柴田さんに話を向けられてしまった。ぼくはとにかくめんどくさかったので、そうですね……、と応じながら、手元のメモを読み返して、こう答えた。

「えーと、少し区画整理をして、『広い駐車場』と『パチンコ銀座』を作ります。そして、『久遠スーパーのポイントカード』がどの店でも使えるようにします。これなら全員の意見が活きると思うんですが」

 向こう三人、何ともいえない顔で黙っちゃったので、ぼくはあわててアイデアをつけたした。

「そんな流れで独立国家にしましょう!」

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:ディスカッション
 分類:掛合い
 作成開始日:二〇一三年四月二十九日
 作成終了日:二〇一三年四月二十九日
 制作時間:二時間くらい
 文字数:千七百二十六

KKST-0022

 〇頼んでもいないのに届いたメンズニッセンの二〇一三年夏カタログでファッションを決めて、ワンカット書きます。

・10ポケッツテーラードジャケット、濃紺(五千九百九十円)
・タブルガーゼ長袖シャツ、紺ストライプ(千九百九十円)
・イタリアンレザーベルト、黒(二千四百九十円)
・ツータックドレスチノパンツ、ライトベージュ(他色との三本組、五千九百九十円)
・ビッグフェイスウォッチ、白(千九百九十円)

 

〇おしあがり

 朝にまどろむ砂浜を、いつものように犬と並んで歩いていたとき、まだ色味の残った日光がぎらぎらと照り返すプラチナの海、その渚より数十メートル入ったところに、小さく人影があるのに気づいた。

 進むでも、戻るでもなく、ぽつりとひとり、立ったまま、きらめくさざ波の息づかいにあわせ、軽く揺れている。

 犬が嫌がるのを引きずるように、たわむれにぱちゃぱちゃ波が打ち寄せるそばを小走りして近寄ると、うす暗やみの中にいでたちが浮かび上がってきた。中肉中背に短髪の中年男性で、襟付きシャツに黒系のジャケット、下は淡色の長ズボン姿。とても海に入るのに相応しいとは思われなかった。

 男性は、左手首に巻いた銀色の腕時計を目下に持ってきて、ただじっと、おだやかな顔をして文字盤を見つめている。

 丁度真後ろに回り込んだので、何か、声をかけようとしたら、向こうもこちらの気配に気づいたらしく、上半身だけおもむろに振り返ると、軽く手を挙げて笑った。

「どうしました?」

 そう口にした彼のはるか頭上から、細く真っ白な綱が、音もなくそっと垂れてきた。彼は待ちかねたように喜色を浮かべ、その末端の大きなフックを、ジャケットの裾をめくって出した革のベルトへ引っかけた。

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:MNISN 2013S 46T
 分類:カット
 作成開始日:二〇一三年四月二十一日
 作成終了日:二〇一三年四月二十一日
 制作時間:一時間半くらい
 文字数:七百二十五

 

KKST-0021

 しびれをきらしたのか、ローテーブル越しに、少し年上の営業マンがビジネス的な上目遣いで決断を促してくる。同じ接客ソファに並んで座る由佳里(ゆかり)も、それを迫るような――厳密には、『わたしの意見で』という――視線を陽太郎(ようたろう)の顔面に向け、焦がすくらいである。

 清潔で無機的な香りの漂うモデルルームの中や、少し膨らんだ新妻のお腹へもう一度目をやってから、陽太郎は、ちょっと一服してくるわ、と彼女に小声で伝えた。向こうはあからさまな呆れ顔のあと、諦めたように彼の肩を押し出して、当人を差し置き営業マンへ断りを入れた。

 二人の苦笑いに見送られながら、決まりの悪い心地でモデルルームを出ると、彼はすぐ、前庭の導入路(アプローチ)ぶちにある灰皿スタンドに歩み寄った。ズボンのポケットからなじみの紙箱を取り出し、そそくさ上蓋を持ち上げて一本、つまみ出して急ぎくわえた煙草の先へ、使い捨てライターの火を当てて、軽く吸い込む。

 巻紙ごと一気に赤く光りただれて、口の中に何ともいえないほのかな渋味と甘味、鼻の奥へ乾いた葉の香りが忍び来る。

 それを深いため息で吐き出したのち、無意識に人差し指と親指で煙草をもてあそびながら、陽太郎はちびちびと煙を口に吸い込んでは駄々流して、少しだけ緊張のほぐれた意識を、灰先から立ちのぼる副流煙にしばし、ぼんやりと向けた。

 五月の爽やかな陽気の中、不自然に整然として小洒落た住宅展示場のメインストリートのあちこちで、たくさんの家族連れが何か気取ってはしゃぐ子供を頭に、和やかに行進していた。皆、顔半分を覆う電脳グラスに日差しを反射させているので、表情は分かりにくかったが、軒並み口元は緩んでいる。

 ちらりとその光景を見て、陽太郎は、そう遠くない未来の自分たちのことを思い浮かべ、重ねた。少し意欲を取り戻し、大分積もって迫ってきた灰を灰皿へ落としたあと、名残惜しみの一吸いをして、煙の誘い込むような風味を確かめてから、ひときわだらしなく口から漏らしきった。

 半分くらい残った煙草を灰皿に押し潰して捨てたあと、彼は自分の電脳メガネの内側に、先程営業マンからもらった新築家屋の外観イメージ画像を二つ、三つと表示して並べた。

 結論は出ている。

 由佳里が指さしたものにしかなり得ない。ここ数ヶ月で何故か、そういう立場関係が固まってしまっていた。いま必要なのは、陽太郎自身の覚悟だけである。脳裡で彼は、おのれを駆け足にねぎらい、慰め、異質な価値観を教育して、寛容の態度の幸福を諭した。

 そして五分弱。

 メガネの画面を消し、灰皿から立ち去った彼は、モデルハウスの中へ戻り、会釈して元通り居間のソファへに腰掛けると、営業マンへ、厳しい表情と絞り出すような声で一言伝えた。

「壁は、……玉虫色で、お願いします」 

 

(※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:ちょっとナーバス
 分類:描写文
 作成開始日:二〇一三年四月十三日
 作成終了日:二〇一三年四月十四日
 制作時間:三時間くらい
 文字数:千百五十