tamagome logs

たまごにことだま、こめてめばえる。

KKST-0002

 がしゃあん、
 と、大仰に割れものの割れた音がした。

        *

 「貴様らか!」

 顔すっかり火照らせ、あちこち血管を浮かせながら、干物じみた容貌の老人が、歯の無い口で、不明瞭にわめいた。

「貴様らか、俺の、柿右衛門(かきえもん)の花瓶を割ったのは!」

 老人の足下には、ざっくり割れた柄物磁器の大きな破片が散乱し、ぼうぼうに伸びた青草の隙間で、軟球が転がっている。

「良いか、この花瓶はな、貴様らが、泣いてすがっても、とても両親の身分じゃ弁償できねえ代物だぞ、な? 柿右衛門の花瓶だ。酒井田(さかいだ)柿右衛門。第十二代。人間国宝。知らねえだろ、な? それの濁手(にごしで)だ、濁手。十万、二十万で済むもんじゃない。百万は軽く行く。貴様らどうしてくれるんだ! ええ?」

 ボールを取りに来たユニフォーム姿の女子中学生三人は、まくし立てて凄む老人を前に、あっけにとられて、顔を見合わせるしかなかった。

「えーと、……ねえ?」
「私ら、関係ない……」
「だよね。先生呼ぶ?」

 それに老人はますます逆上した。

「おい、今何て言った! もういっぺん言ってみろ! この期に及んで開き直りか! ええ?」

「いや、」
 真ん中の一番背の低い少女が代表して、若干嘲り混じりに言った。
「割ったのは、あんたでしょ」

「なあっ、何をぉっ! このっ、」

 いよいよ爆発したと見える老人は、一歩、二歩、渾身の力で足を踏みしめたのち、
 屈んで握りしめた軟球を、
 斜め後方視線の埒外へ半回転で捻り込んで、

「この野郎っ!」

 盆栽棚に並べられた大皿を一枚、飛び散らした。

「俺が割ったとはなんだ、この野郎ぉっ! ふざけたこと抜かすなああ!」

 そして老人、青白い寝間着の袖をはためかせながら、その辺の小ぶりな庭石や、盆栽などを両手で掴んでは、

「どいつもこいつも、」

 繰り返し、繰り返し全力で放り、

「どいつもこいつもおぉっ!」

 荒れ果てた庭に飾られた薄汚い陶磁器類から、土埃で汚れた縁側のガラスまで見境無く割りまくった。あわてて少女らが廃屋から逃げ出して、五分もしないうちに、小ぶりのパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけた。

「ハタセさあん」

 無残な光景の中へ警官の一人が呼びかけると、息を切らしながら老人は振り返って、
 満足そうににんまり顔を緩めたあと、ゆっくり頷いて敬礼した。

「ここ、ひとんちだから。ケアハウスに帰ろう、ハタセさん」

「ん。ごくろう」

 顔馴染みらしい警官らに背中を押され、パトカーの後部座席に乗り込んだ老人は、出し抜けに、

「緊急の株主総会を招集する」と低い声で宣言した。

「何だって? 総会?」

 運転役の警官が思わず笑って訊き返すと、老人は据わった目をして、唱えるようにこう述べた。

「【あの時】、俺の柿右衛門の花瓶を割ったのは、長男の辰雄(たつお)ではなかった。跡継ぎにしてやった次男の喜久雄(きくお)だ。奴が割ったんだ。割れた花瓶の破片に、今日喜久雄が差し入れでよこした、『よこ屋』の安倍川餅(あべかわもち)のきな粉がべっとり付いていた。べっとりだ。思い出した。間違いない。あれは【あの時】から、奴の大好物だったんだ。畜生。見落としだ、畜生……。すぐあの面(つら)に解任動議を突きつけて、俺を屋敷から追放したあの野郎を、いっぺんに社長から引きずりおろしてやる」

「お昼に安倍川餅食ったの?」隣に座った警官が問いかけた。
「おいしかった?」

「ああ」

「じゃあ、ハタセさんも安倍川餅好きなんだ?」

「もちろ……」

 言いかけて、はっ、と黄ばんだ目玉を見開いた老人は、

「お、れ、だ、っ、た」

 すっかり力の抜けた顔と声で呟いた。
「花瓶を割ったのは、俺だったあ……」

「正解」隣の警官がもっともらしく頷いた。「それ、正解」

「きな粉の付いた手で、うっかり触っちゃったんだなあ……。それで慌てて手を滑らせて割っちゃって、いたずら好きな辰雄のせいにした……。そうだった……」

「あ、そっち?」

 

 (※この文章の内容は、フィクションです。趣旨については「はじめに」をご覧ください。)

 仮題:花瓶を割りました
 分類:謎解け
 作成開始日:二〇一二年十二月二十三日
 作成終了日:二〇一二年十二月二十三日
 制作時間:三時間くらい
 文字数:千六百五十五

(なんかショートショートとして成立してしまっている気がする……)